Planet Biology_人種依存的麺文化_⑤
画面が地球全体から南イタリアへとズームアップしていくと、既視感のある街並みが目に入った。赤を基調とした建築物、笛の音を中心としたBGM、スリットの入った民族服を着て蒸し器から肉まんを取り出す売り子。民族服に無理やり押し込んだ欧米特有の凹凸のあるボディはとても不自然だが、これはこれで良い。
ここまで来ると、蘭子が移植した中国人たちがイタリアの地で何を成し遂げたのか、だいたいわかった。これは完全に…
「中華街だね〜」
同級生女子が呟いた。
街の入り口には「伊太利亜中華街」の看板がゲートにでかでかと飾られている。
季節は先程観察したのと同じ秋。太陽が照りつける季節は終わり、肌寒い風が吹き始めていた。
「正解!麺文化を失わずに保存するどころか、レガシーまで残しちゃったみたいね。この中華街をつくったのが移植した彼らなのか、その子孫なのかはわからないけど」
満足げな顔で蘭子は返答した。
いい顔をした蘭子を見て同級生女子がサムズアップ。蘭子もそれに応じてサムズアップ。
中華街に軒を連ねるお店にはどこも「麺」の文字が入った名前。単に中華街という訳ではなく、ラーメン店を中心とした中華街なのだろう。
「もうこの通りを見れば結果は充分わかると思うのだけど、いちおう最後にお店の中も見て見ましょうか」
と言い蘭子は、特定地域拡大コンソールの設定をオートマチックからマニュアルに切替えた。とあるお店にポインタを合わせクリック。画面が切り替わり、店内が映し出された。
湯気が立ち上る調理場、カウンタータイプの席、そしてお客さん達の目の前にもう一つの湯気、不規則なリズムで聞こえるあの音。
「ずっ、ずー、ずるっ。ずるずる」
音を立てて丼から麺を吸い上げる様は、とてもイタリアの光景には思えない。そしてその感想は移植実験の大成功を示していた。
「麺をすするという欧米にはない文化まで根付くなんて‥、ここまで完璧だと創造主にでもなったみたい。さしずめラーメン神と言ったとこかしら」
うれしそうに感想語る蘭子。その蘭子の口上にテロされたのか、教室の生徒はみな、画面に映るラーメンに羨望の眼差しを向けている。
みんなも腹減ってきたよな。
かくいう自分も空腹中枢が刺激され、両眼は自然と画面に映るラーメンへと吸い込まれていった。
うまそうだな。何味なんだろう。チャーシューはのって‥ないな。代わりに、肉団子?っぽいものがのってるのかな?スープは薄い茶色、醤油ラーメンかな。ダシつゆっぽくも見えるが。麺は‥細麺かな?湯気と店内全体を映すカメラワークのせいで細かくはわからないが、普通の麺とはちょっと違うように見えた。薄黄色ではなく、白色のような‥
-ブチっ-
突然画面が閉じた。
「はいっ、終了〜。ラーメン側の移植結果は示せたし、もう発表時間もないのでこのへんでいいよね」
蘭子はPlanetを操作しながら、不平不満を言う生徒がいないか見回した。
「みんな早く帰ってどこかに行きたそうな顔してるしね。早く終わらせないと」
不平ではなくラーメン欲が教室に充満していた。さすがはラーメン神。民の食欲までコントロールするとは。
「では最後にパスタ側、中国に移植したイタリア人の結果を確認してみましょう」
Planetが半周し、今度は同年代の中国にコンソールがセットされ、移植地にズームアップした。
街並みや風景は中国そのもので、イタリアめいた建築物は全くない。移植したイタリア人達の血が混じっているのか、鼻筋の立った洋風な顔立ちの人が所々見られるが、中国人たちのように何かレガシーを残している様子はみられなかった。街の定食屋も映しだされたが、そこに映されているのはラーメンや水餃子といった、その土地由来の料理だった。パスタのパの字もなかった。
「やっぱりパスタ文化は根付かなかったわね。期待はしてなかったけど。まぁ、色々と条件を変えたら、100回に1回くらいは根付くかもね」
100回に1回程度ではパスタ文化が人種依存的とは言えない。要はパスタ文化は人種非依存的であると、蘭子は言いたいのだ。
「では、そろそろ発表をまとめます」
蘭子は話しながら、黒板に今回の実験結果のまとめを描き始めた。