おもしろい事・作品

おもしろい事・作品について記述したブログです。

Planet Biology_人種依存的麺文化_①

Planet Biology 〜人種依存的麺文化〜

 

 「ラーメン食べたい」

 対面の女学生こと蘭子は培養中の地球胚を見ながらつぶやいた。

 実験机上で組んだ腕に顎を乗せ、ぼーっと眺めている。

「宙下一品のこってりラーメンが食べたい」

 店名とメニューも唱えた。

 だが、ここは宙下一品(堀之内店)でもなければ、ラーメン屋でもない。つぶやきは試験缶を通り抜け、俺の耳に雑音としてキャッチされるだけ。ただ、地球胚にノイズが入るのは困る。

 早々に黙ってもらおう。黙らなければ、ネガティブデータの考察はすべて「蘭子のノイズ依存的地球胚の発生異常」にさせてもらう。

「我慢しろ。あと1限で終わるんだから」

 蘭子はふくれながら、元のだらけた体勢に戻るどころか、突っ伏し始めた。

 本班の実験は待ちの状態とはいえ、発生異常に備えて観察していなければならない。

 ひとりで頑張るかぁ。残り1限とはいえ、まだまだやることはあるのだけど。

 「もうちょっと面白いのを期待してたのになぁ」

 といった寝言を最後に、返事がないただの屍となった。

  こいつが寝ている間に、我が惑星大学地球(悲しいことかな、このまどろっこしい綴りが本大学名である。時の権力者の独断と偏見で決まったらしく、この履歴 書に書きづらいネーミングのせいで何万人の在学生・卒業生が苦しんできたか。ほんんっとあのクソい‥おっと、誰か来たようだ。こんな夜中に誰か(ry ) の学食人気ワーストランキングベスト3でも紹介して、次の操作までの時間をつぶそうと思っていた。が、残念ながら食堂店長からストップがかってしまった。 どうやら、カスカスポテトの話をされるのが気に食わないらしい。

 なので代わりに、今日の実験について説明しよう。

 今日は惑星生物学学科の選択必修の一つ、「惑星生物学実習」。惑星発生研究室主催の実習で、主に地球胚のパラメータ依存的発生異常を観察することになっている。

  2日に分けて行い、1日目の今日は火の海期から5大陸期まで培養することになっていた。各班、その5大陸期になるまでに、重力、酸素濃度、暗黒物質濃度、 といったパラメータを変える処置を行う。翌日に、どのような発生異常が起こったのか観察し、解析するといった流れだ。もちろん、正常発生のままの場合もあ る。

 どのパラメータを変えるかは自由だが、先生が提示したいくつかの変更項目の中から1つ選び、それをマイナーチェンジする班がほとんどだ。

 俺と蘭子の班も、先生の提示した項目を少し変えて「シルル紀デボン紀の間でパラメータを変更し、硬骨魚類以降の脊椎動物(最終的に人類まで見る)の進化速度への影響を解析する」という実験をすることに決まっていた。

 地球胚の培養すらしたことない俺にとっては、とても面白そうに思える。が、高校の惑星生物部でやったことのある蘭子はそうではないみたいだ。始まる前からすごくつまらなそうな顔をしている。

 まだ時間はあるな、それでは惑星生物学についても少し説明しよう。

「惑星生物学」、英語で「Planet Biology」と呼ばれるこの学問分野は比較的最近生まれた。

 すべてはX.Gurdonによる”Planet”の開発から始まった。

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 Planetは21世紀に活躍した発生生物学者Xenopus Gurdonが開発した、「シミュレーション型惑星及び、惑星発生装置」の総称である。Planetは主に2つの要素から成り立つ。1つはシミュレーショ ンする地球などの惑星。もう1つは、その惑星を時間軸に沿って発生させるための環境である試験缶。他にも試験缶に詰める暗黒物質など、細かな要素はこの他 にもあるが、Planetというと一般的にその2つのセットのことを指す。ちなみに今回の実習では地球型惑星が各班に配られ、みんなそれを使って実験をし ている。

 Planetに目を向けた。

 順調に発生が進んでいる地球胚と、蘭子が目に入った。こいつももう少し黙ってくれればそこそこなのになぁ。

 

いつまでもこれを眺めるてるのはバツが悪い。起こすことにしよう。

 

「そろそろシルル期も終わるんだけど」

 そーっと声をかけた。

 返事がないただの屍のようだ。

 よし、パラメータ変更は全部自分でやってしまおう。3年の大事な選択必修、落としてしまうのは痛いからな。

 実験机の試験缶を惑星顕微鏡のスロットにセットした。準備は完了。

 初めての実験だけど、酸素濃度を少し下げるだけなので難しくは無い。

 試験缶のフタを開け、抗酸素剤を50マイクロリットル入れようとした、そのとき。

「ちょっと待ちなさい」

  俺の右手が右手に掴まった。ピペットマンが震えた。

 危うく先端のチップをイジェクトしそうになった。

「あぶないなぁ!なんなんだ。」

 怒気を込めて、蘭子の方に視線を向けた。

「いい実験思いついた」

 目をらんらんと輝かせて、地球胚に焦点を合わせた蘭子。

 顔チェンジしたア●パ●マン並みの転換。

「思いついたも何も、もうやってるから」

「私たちのラーメン愛は生まれたときから決まっていたのよ」

 日本語でお願いします。

「ということで」

 何がということなのか。

「麺料理の”始まり”を探す実験をしません?」

と言ってにっこり笑いながら、ピペットマンの先をゴミ箱にイジェクトした。