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おもしろい事・作品

おもしろい事・作品について記述したブログです。

48億の妄想が行動を規定する

作品 小説

「それは大臣のお考えでしょう?ところが彼らとしては、目前に迫った日韓会談に関して、外相がひとり頭を痛め、悩んでおられる情景が、映像として欲しいのです」

※引用:筒井康隆著, 48億の妄想(19761225第1刷), p.38

 

2014年の秋頃、僕は一冊の本を読み終えた。○○○○細胞問題が下火になってきたのとは関係なく退屈していた自分は、「おもしろい本を紹介して」と親父に注文をつけた。

注文に応じて出された作品は、新しい顔に交換をしたときの、吹っ飛ばされた方のアンパンマンの顔、のような衝撃を僕に与えた。分かりにくいか。

 

「48億の妄想」

筒井康隆によって書かれた長編小説で、今から40年近く前に出版された。

この作品世界では、ニュースはすべて視聴者が飲み込みやすい形にパッケージング、もとい、すり替えて届けられる。まさにテレビショーである。

テレビショーなのでもちろん、ニュースの当事者はエンタテイナーにならなくてはならない。おもしろくなるように振る舞わなくていけない。

悲しく見える事件では号泣し、トラブルの当事者なら頭を痛めなければいけない。

事態解決に繋がるような、純粋な論理的思考に基づいた行動なんて誰も求めていない。ストーリーから外れず、ストーリーに合うような行動が求められ、それ意外の選択肢はない。

当事者達が良くなる方向への行動ではなく、カメラを通してその料理(事件)を食べる(視聴する)視聴者の口に合う(が理解できる)行動をとらなくてはいけない。

 

この仕組みはもう現実に起きていないだろうか。

 

と、例の○○○○細胞「報道事件」を思い返した。

なんであの論文だけ、大規模な再現実験プロジェクトが組まれ(組まなくてはいけなくなって)、他にもある怪しい論文、不正行為があった論文は同様な規模のがないのか。

(どっちもやりたい人がやればいい)

おそらく、

若くて美人(?)と評判のシェフが作った見た目がとても美味しそうな料理として、テレビ中継していたのに、いきなり販売中止にしたからだろう。

実際にはそんな料理はないのに。

 

そして残されたコック達は

「おい、お前の店の若くて美人(?)と評判のシェフが作った見た目がとても美味しそうな料理は作らないのか」と言われ、調理活動ではなく、見た事もない創作活動にかり出される。